【旅する製硯師Ⅲ- 前編】江戸から「今」へと街の歴史と文化を繋ぐ白井屋ホテル

旅する製硯師

製硯師 青栁貴史さんの毛筆で
一筆書きたくなる書斎のようなホテルをめぐる旅。
3つめとなる今回は群馬へと向かいました。
次なるホテルは前橋市の『白井屋ホテル』。
アート・食文化・歴史を併せ持つこの地で、
青栁さんはどんな時間を過ごしたのでしょうか。
尚、この記事は2021年3月に取材されたものです

製硯師 初めてのアートホテルで「休まる」

旅においてもSDGsの考え方と活動は、日本に浸透しつつあります。日本各地で増え続ける一方の新規開業ホテルですが、片や既存ホテルのリブランドやリフォームといった再生への取り組みも盛り上がりつつあります。

群馬県において、その先駆けともいえる存在が『白井屋ホテル(SHIROIYA HOTEL)』。2020年12月にオープンしました。まずは青栁さんと一緒に前橋の歴史を辿ってみましょう。

新築のグリーンタワーは、昔この辺りにあったという利根川の旧河川の土手を思わせるようなデザインになっている

「前橋市は仕事の移動で通り過ぎる程度で宿泊したことがありませんでした。ですが、お訪ねするにあたり歴史を紐解いてみると、この土地の歴史と文化が浮かび上がってきました。

江戸時代前期は、のちの前橋藩となる厩橋(うまやばし/まやばし)藩が置かれ、1601年(慶長6年)、徳川氏譜代の酒井氏が前橋に入り、初代酒井重忠の3万3千石に始まり、三代当主・忠行の時代には、15万石の城下町へと発展。酒井氏の統治は約150年9代続きましたが、その間、城下町として栄えたといいます。

地名、藩名、城名が今の「前橋」に改名されたのは1648年から1652年とのことで第4代藩主の酒井忠清が城主であった頃だと言われています。

そして、ここは萩原朔太郎の生誕の地でもあります。萩原朔太郎の作品は、書道展ではもっとも揮毫される詩人といっても過言ではなく、僕にとっても馴染み深い詩人です」

朔太郎の生家からもほど近い広瀬川沿いの『前橋文学館』には肉筆も含む貴重な資料が展示されている他、他のアーティストの企画展示会が随時開催されている

萩原朔太郎は1886年(明治19年)に現在の前橋市千代田町で生まれました。北原白秋に師事し、26歳で『みちゆき』他、5編の詩で中央詩壇にデビュー。今年、生誕136年を迎えた近代日本を代表し、愛される詩人のひとり。現在も『前橋文学館』、その前に佇む『萩原朔太郎の像』、そして『萩原朔太郎記念館』など街のあちらこちらに彼の軌跡が残されています。

『前橋文学館』壁面に綴られた『旅上』。朔太郎は、『月に吠える』『青猫』他の詩集で広く知られる

そして、江戸時代に創業し前橋藩と共に発展を遂げた『白井屋旅館』も、朔太郎同様に前橋の歴史を物語る存在でした。その栄華は300年続き、旧宮内庁御用達。森鷗外、乃木希典といった多くの芸術家や要人にも愛されたといいます。1975年には近代化に伴いホテル仕様に建替えられたものの、街の衰退とともに2008年に廃業を迎えました。

朽ち果て、取り壊しの危機に面した、かつての前橋のランドマークが生まれ変わるチャンスを得たのは2014年のこと。前橋市の活性化活動・前橋モデルを主導する田中仁財団の活動の一環として再生プロジェクトがスタートしました。

「こうして新生『白井屋ホテル』が産声をあげたそうです。江戸、明治、大正、昭和、平成、そして令和と6つの時代に、旅館の“命”と歴史を繋ぐ試み、素晴らしいですね」

現代においてあいにく「旅先」としての印象の薄かった前橋市ではありますが、県内初“アートホテル”として息を吹き返しました。しかし、ただホテル内にアート作品を展示した様相とは一線を画し、ホテルそのものがアートなのです。

ヘリテージ棟の中央を占める螺旋階段。大胆さが解放感を運ぶ

旧『ホテル白井屋』の面影を残すヘリテージ棟。建築を手がけた世界的な建築家・藤本壮介氏は、床を解体した際、力強い既存躯体の柱梁を見た時に、まるで屋内広場のような大きな吹き抜けが、街の人と世界中からやってくる人が出会う場所となり、様々なモノや活動を受け入れることができる予感を感じたといいます。

(左)客室にはらせん階段からも行き来が可能。一泊程度の旅行にも役立つ容量と軽さが魅力のバッグ(SAVE MY BAG/商品問い合わせ 有限会社 ルイコレクション沖縄 0798-75-4400)(右)夜間にはライティング・パイプが様々な色に変化する

「吹き抜けをただの空間として見せるのではなく、敢えてらせん階段や斜めに横切るブリッジ、さらにレアンドロ・エルリッヒ氏が手掛けた縦横無尽に走る水道管の亡霊に見立てたライティング・パイプが設置されています。おかげでホテルのアート性が色濃く浮かび上がり作り手の情熱も感じられますね。なにより足を一歩踏み入れた途端に独創性のある世界観に飛び込めます。

また、LED照明を仕込んだ樹脂製パイプによるライティング・パイプは、夜間、吹き抜けをテラスアートに。昼夜で空間の表情を変えるので飽きることがありません」

所蔵作品も豊富。泊まれる近代アートの美術館といっても過言ではありません。様々な場所を飾るアート作品を辿るアートツアーをお楽しみください。

所蔵作品一例
・ローレンス・ ウィナー 前橋市をイメージして言葉を選んだ作品を配したヘリテージタワー外観
・リアム・ギリック Inverted Discussion(2020)/Unity Channelled(2019)
・杉本博司 ガリラヤ湖、ゴラン Sea of Galilee, Golan
・ライアン・ガンダー By physical or cognitive means (Broken Window Theory 02 August)
・武田鉄平 絵画のための絵画020(2019)

さて、次はお部屋へとご案内します。

客室もアート 泊まって感じるアーティストの息吹き

『レアンドロ・エルリッヒルーム』。エンリッヒ氏は、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれのアーティストで2014年金沢21世紀美術館、2017年森美術館で個展を開催するなど国内外で活動

開業時に注目を集めたのは、ヘリテージタワーの4人のクリエイターがデザインしたスペシャルルーム。プロダクトデザイナーのジャスパー・モリソン氏、イタリア建築界の巨匠ミケーレ・デ・ルッキ氏、アルゼンチン出身のアーティスト レアンドロ・エルリッヒ氏、そして白井屋プロジェクトの全体設計を務めた建築家・藤本壮介氏が、唯一無二の客室をプロデュースしています。

(左上)ルームアメニティには上毛かるたなど地域性のあるものを取り入れている(左下)(右)2725枚の板材を採用したことから別名『2725 エレメンツルーム』とも呼ばれているダークトーンの板葺きで構成することから素材感の調和と穏やかな静けさ、休息、そして良質な睡眠を誘う役割りを兼ねている

青栁さんが宿泊したのは『ミケーレ・デ・ルッキ ルーム』。日本家屋の屋根にもよく使われる『板葺き(いたぶき)』という伝統的な技術で作られた約3,000枚の木片に包まれる客室です。

「無数の板葺きに囲まれ、一見、閉鎖的に見えますが、佇んでみると板の一枚一枚の表情、隙間からこぼれる灯りのあたたかさ、揺らめきに癒されます。お疲れが溜まっておいでの方が、ここにたどり着いたならば、やさしく労わり、包み込んでくれるコクーンのような場所です」

全客室数は全25室。限られた数ではありますが、他にも様々な個性を併せ持つクリエイターやアーティストが手掛けているのでお好みや気分でお選びいただけます。

ご当地の魅力を食で語明かす the RESTAURANT

オープンキッチンスタイルで調理するシェフたちの姿をステージのように見ることができる。料理一例 『田口菜 ギンヒカリ』。群馬が誇る、ニジマスギンヒカリをキッチンでスモークに。また、田口菜は前橋市田口町を中心とする地域で栽培される伝統野菜

泊まって眠るだけでは『白井屋ホテル』と群馬の魅力を存分に感じきれません。ぜひご利用いただきたいのがメインダイニング『the RESTAURANT』です。

料理一例 『赤城牛 新たまねぎ』 甘みがあり、繊維質で食べ応えがある赤城牛。A5ランクにあえてこだわらず病気になりにくいように黒毛和種(黒毛和牛)と乳用種を交配。良好な肉質で風味が良いことが持ち味でもある

ミシュラン二つ星を持つ東京・外苑前のフレンチレストラン『フロリレージュ』のオーナーシェフ、川手寛康氏が監修を務めるばかりでなく、その川手シェフの下、経験を積み、国内外の名店で修行をした群馬県出身のシェフ・片山ひろ氏が厨房に立ち、地産地消の理念の下、群馬の郷土料理のあらたな味を模索した上州キュイジーヌ、創作フランス料理を提供しています。

料理一例 『やよいひめ』 群馬県の『とねほっぺ』と栃木県の『とちおちめ』を交配させて育成し、さらに『とねほっぺ』を掛け合わせた。群馬県のイチゴ出荷量の8割を占める主力品種

また、お料理に合わせ専属のソムリエがペアリングしたアルコール、ノンアルコールのメニューにもこだわりあり。勿論、それらにも地元の食材を合わせていることから、この土地の味覚との出逢いもさらに広がります。

「こうして前橋をお訪ねして、群馬の美味を味わうことで地域とより親しくなれた気分になりますね。近郊の方ならばドライブを兼ねてご訪問し、ディナーを召し上がってみてはいかがでしょうか。十二分に価値のあるレストランです」

the RESTAURANT
場所:白井屋ホテル内 ヘリテージタワー 1F
営業時間:ランチ(⼟⽇祝⽇のみの営業)12:00~14:30 ※最終⼊店 13:30/ディナー
(年中無休/要予約)17:30~22:00 ※最終入店 19:30
電話番号:027-231-4618
詳細(サービス料10%別):ディナーコース 10品 13,500円/メインディッシュアップグレード 2,200/ペアリング 6杯 7,500円

円環—世界『生成するもの Ⅰ』白川昌生作の前で。白川氏は福岡県北九州市戸畑に生まれながらフランス、ドイツを経て、1989年から前橋市内にあった北関東造形美術専門学校に勤務するのをきっかけに前橋に拠点を構えているアーティスト

さて、後編はいつもとスタイルを少し変え、『白井屋ホテル』を含む前橋の再生プロジェクトを率いる田中仁財団の代表の田中仁さんに青栁さんがお話しを伺いつつ、ホテルの魅力をさらに掘り下げます。

商品問合せ:SAVE MY BAG 有限会社 ルイコレクション沖縄 0798-75-4400

青栁貴史(あおやぎ・たかし)
青柳派四代目製硯師/硯作家
1979年、東京都浅草生まれ。浅草で80年続く和漢文房四宝「寶研堂」四代目。作硯、文化財修復、復刻製作を専門とする。16歳より祖父青柳保男、父青柳彰男に作硯を師事。20代より中国大陸の作硯家との交流を経て、伝統的硯式の研究、再現製作に従事。また各地にて硯材の採石、石質調査を行っている。硯文化の熟成を目指し、個展にて作品発表をしている。社会活動として学校等での講演を通じ、日常生活における毛筆文化の普及に注力。
在宅美術館:https://home-museum.net/
Instagram:https://www.instagram.com/seikenshi_official/

白井屋ホテル
住所:群馬県前橋市本町2-2-15

電話番号:027-231-4618
公式HP: https://www.shiroiya.com/
アクセス:JR両毛線 前橋駅より徒歩で約15分、またはタクシーで約5分/JR上越・北陸新幹線で約50分(東京~高崎)/お車の場合、関越自動車道『前橋IC』から約15分

写真・文:泉美咲月(Satsuki Izumi)

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