【Asian Journey2-2】深水埗から放たれる伝統への挑戦1 『公和荳品廠』 蘇意霞さん

Asian Journey

駆け抜ける世代はもう過ぎ去りました。休むこと、時に立ち止まること、なにより旅をすることは今だからこそ大切なのです。目指すは近くて実は未知なる土地、アジア。Asian Journey、特別だけど手に入りやすい旅、なにより「楽しかった」「行ってよかった」と思える国、土地、ホテル、ご紹介します。第2弾は大人が行くべき香港 「今」だから出逢える 香港の感動と文化をお送りします。


くて新しい街、深水埗(シャムスイポー)をご存じでしょうか? 旅の目的が街歩きならば香港を歩く際には欠かせないエリア。日々変わっていく香港の街並みに相反して下町の風情を色濃く残しています。からこそ深水埗は観光地とは程遠く、この辺りに住む人々のための愛すべき商店街でした。脚光を浴び始めたのは僅か2、3年前のことで香港好きの旅人でもまだ足を運んだことがなくても無理はない地域なのです。

「香港の秋葉原」とも呼ばれていて電子機器や部品、雑貨を商う店や露店が立ち並んでいるのも特徴です。一方、リボンやビーズ、糸他の手芸雑貨店が豊富なことでも知られています。土日ともなると観光客も加わりごった返します。近は飲食店情報を網羅するOpen Riceに数々の店舗の評価が掲載されていることもあり、ここでしか味わえないローカルフードを目指して訪れる観光客が増えてきています。近頃、日本に上陸した”世界一安いミシュランレストラン”と注目される飲茶店『添好運(ティム・ホー・ワン)』もここに本店があります。


々の旅の目的が今、変わり始めています。かつては有名な観光スポットを忙しくめぐり、スケジュールに追われてあっという間に家路に着く。そんな型通りのプランからははずれ、訪れた国の文化を知る、人や自然に触れ、ひと時でもその街の空気に染まりたいと考える旅行者が増えてきたのです。んな中、スポットを浴びたのが深水埗。ここに似合う言葉は混沌懐古。それは歩けば歩くほど深くなり、親しみさえ感じさせ随分前から知っていたような錯覚を引き起こします。かも、ただ懐かしいだけではありません。常に香港を物語るにふさわしい数々の文化が生まれ、放たれています。しかも後継者であり発信者の一端は30代、40代とまだ若く、その分伸び伸びと伝統と文化の語り部を務めているのです。こでまず豆腐製品専門店『公和荳品廠』レニーこと蘇意霞さん(33歳)を訪ねました。

創業100年の伝統と共存し響き合う、若き後継者

前9時、まだ目覚め切らない深水埗の一角にその『公和荳品廠』があります。店頭には絹、木綿といった豆腐や豆乳、豆腐を使った軽食が並びます。店内で朝食代わりに食べる客、持ち帰りの客と常に人々が行きかい、活気が放たれています。

■『公和荳品廠』(Kung Wo Beancurd/コン・ウォー・タウ・パン・チョン)
住所:香港深水埗北河街118號地下
G/F, 118 Pei Ho Street, Sham Shui Po,Hongkong
電話番号:+852 2386 6871
営業時間:07:00~21:00
定休日:無休(ただし旧正月の3日間は休み)
HP:https://www.facebook.com/kungwosoya/

業は100年程前でこの地に店を構えて60年になるといいます。趣ある店内、赤いTシャツ姿でキビキビと接客をする人こそ『公和荳品廠』の若き後継者、レニーさんです。

から20年前、両親が親友であった先代経営者から歴史と味を受け継いで欲しいと強く望まれ、ここを買い取ったといいます。女が父、蘇崇亷さんに学んで共同経営を始めたのは5年前のことでした。


◆店主、蘇崇亷さん 写真提供:公和荳品廠

ニーさんは学生時代は留学先のイギリスでファイナンスを学び、帰国後はセントラルのJPモルガン・アセット証券、ゴールドマンサックス証券に勤務。エリート街道まっしぐらに進んでいた彼女が老舗とはいえ、手にしたキャリアを投げ打って、どうして家業を担ったのでしょうか? 

「この店には年月と共に育まれた昔ながらの食のスタイル、雰囲気が受け継がれていて、なにより代えがたいと感じていました。香港はどんどん発展し、急成長を遂げています。その一方で残念ながら伝統的なものが保護されていない傾向にあります。からこそ、守り、繋げるという役割りをこの家に生まれた私だからこそ果たさなければならないと思ったのです」

はや、こうした愚問に慣れてしまっているのか、こともなげに答えます。彼女が稼業に身を投じたのに合わせるかのように深水埗の流れは変わり始めました。2016年に『ミシュランガイド香港・マカオ』に新設されたストリートフード部門(米芝蓮街頭小食)には『公和荳品廠』以外にも、いくつか店が選出されています。日本のガイドブックにも掲載されていることから、この頃は日本人観光客が散策の折に訪れるようになりました。時代は彼女の歩く方向に流れている、そんな風にも見えます。

伝統を支えるのは、女性ならではの強さとしなやかさ

業員は20名ほど、もちろん、店を取り仕切り率先して働くのは蘇ファミリーです。配達の帰りなのか、レニーさんの後ろを空の鍋を台車で運ぶ崇亷さんが横切ります。”あれがお父さんです”という娘の言葉に足を止め、穏やかな笑顔をこちらに向け、すぐに厨房へ。奥では1日18時間、フル回転で製品が作られています。

この名物はなんといっても豆花豆腐プリン※店のメニュー名に準じて「豆花」と記載しています

さなお椀ほどの大きさの器に溢れんばかりに盛りつけられた豆花をレンゲに掬ってまずはひと口。途端に大豆の香りに心を掴まれます。極めてやわらかく滑らかな食感、舌の包むように広がる、ほんのりとした甘味。淡泊ですが大豆からおいしさだけが取り出されています。ーブルの上に常備されたサトウキビシュガーをひと振りすると爽やかな甘さとコクが加わりたまりません。レンゲの動きを止めることは難しく急ぐ必要もないのに流し込むように食べてしまいました。と言でいえば、毎日立ち寄り、食べたい味。”家の近くにあればいいのに“、無理を承知で口に出します。なにより香港の他店とも台湾、マカオの豆腐花とも似ているようで、まるで違うのが『公和荳品廠』の豆花なのです。

「高温多湿な土地で飲食を商うには気配りと技術が必要です。作り立てで新鮮なものだけを販売するだけでなく、味の決め手となる大豆にはとくにこだわり、一般のレストランより2、3割値段も品質も高いものを使用しています。らに店と共に受け継いだ50年以上使っている石臼による低温製法を心がけ、ゆっくりと挽き滑らかな豆乳を作ります。香港で同じ業種の店は今や10店舗程度しか残っていないと思いますが、昔ながらの石膏粉を使い、蒸さずに仕上げるのはうちだけかもしれません」



熱方法で食感、喉越しが大きく変わるのも特徴です。蒸す方が早く出来上がり厨房の回転もいいのですが親子はあえて手間暇のかかる昔ながらの火にかける方法を選んでいます。
大きいサイズがHKD 12、小がHKD 10、日本円にして160~140円ほどで物価の高い香港ではリーズナブルな価格で当然、1杯からは薄利です。かしシンプルだからおいしい、シンプルだからごまかしようがないことを知っている彼女たちは、正直に伝統的な作り方にこだわります。結果、評判が高まり世界中の旅人が深水埗を目指す理由に『公和荳品廠』をあげるのです。

「伝統や文化を伝えることは大変でツラいイメージになりがちです。でも私は父から受け継いだこの仕事を通して、とても有意義で楽しいことだと体現していきたいんです」

々と、でも晴れ晴れと話すレニーさんの瞳の美しさと共に言葉は輝き胸に深く刺さります。目の前に撮りだされたのは、まさに彼女の強さとしなやかさ。伝統に纏わる重さや厳しさは伝わってこないのです。本当に彼女はなんの苦も感じていないのでしょうか?

あえて昔ながらを残すという進化

「確かに伝統を受け継ぐというのはとても大変だと思われがちですね。伝統的な業種はにイメージは、つらい、そして儲からない。それも事実だと思います。両親はとても努力家で私はそれを見て育ちました。だから努力することは自然なことなんです。れに文化を繋げることほど有意義なことはありません。この20年の間に香港で発展したのは洋食文化です。今やケーキやクッキーはどこででも食べることができます。しかしローカル・フードはおろそかにされがちです。日本もそうではないですか? ケーキ作りを趣味にする人は増えたはずですが和菓子を作って家で食べる人はどれくらいいますか?」

く頷かずにはいられません。彼女は忙しい合間に台湾や中国本土、日本など頻繁に視察に行き、アジアの食文化を学んでいます。かに俯瞰で見た各国は豊かに変わりつつあり、一方で独自の個性を手放し、工場で作られる単一の味と形の料理に私たちは慣れ始めようとしています。レニーさんなりの警告、それが稼業を担い伝統を受け継ぐ役割なのです。

「苦労をしいてあげれば、昨年おこなった店の大改装ぐらいです(笑)」

がけたのは昔ながらの趣き。60年前、この地に生まれた『公和荳品廠』の姿を新たに蘇らせること。今風のよくあるレトロ風をとり入れても意味がありません。赤、緑、黄、白という香港の伝統的な色彩を基調にし、古くてもまだ使える壁時計や秤は残し大事に使っています。た書道家・歐建公が揮毫した看板も忠実に再現し貴重な現物は歴史博物館に寄贈しています。文化的価値に目を付けた買い手が現れましたが物もなく技術も発達していなかった時代に丁寧に作られた文化を未来に残す意義は金銭では加算できないと考えたそうです。により持前のセンスと現代っ子ならではの感覚で店を進化させていきます。

「お客様も過ごしやすく、従業員も働きやすい店であるためには涼しく清潔な店内でなければなりません。そして、パッケージや容器などみなさんに好かれ、使いやすいものにしました」

こうして伝統を受け継ぐことの意義、楽しさがどんどん飛び出し、変わらずおいしい豆花が今日も店に並びます。


◆昔ながらの揮毫をデザインに取り入れ、持ち帰りがしやすく食べやすいパッケージにしている

「私が学んだファイナンスは膨大なお金を動かすことが可能で変化も一瞬です。しかし伝統とは時間がかかるものです。それを十分に承知しているので今後、どんなに商売がうまくいってもチェーン展開して店を増やすことは考えていません。あくまでも深水埗の特色として残していきたいんです」

を入れるのは店舗数や規模ではなく食のあり方。次の年末年始以降は隣の店舗に営業を広げ、食の背景を知らない子供たちに危惧を覚え、豆腐作りを教え、豆腐が大豆でできていることから始めたいと語ります。使命といえども、それは決して楽でも簡単でも楽でもありません。レニーさんが両親から受け継いだのは伝統に加えて努力することの意義と素晴らしさ。インタビューを受けつつも、手が足りないと接客に走り、額に汗する姿を見れば、この先『公和荳品廠』は100年、200年と続き、まぎれもなく深水埗の象徴となるのを予感させてくれます。

により蘇家が心血を注ぐ自慢の豆花は、ここでしか食べられません。ぜひ香港に味わいにでかけてください。

■公和荳品廠 (Kung Wo Beancurd/コン・ウォー・タウ・パン・チョン)
住所:香港深水埗北河街118號地下
G/F, 118 Pei Ho Street, Sham Shui Po,Hongkong



電話番号:+852 2386 6871

営業時間:07:00~21:00
定休日:無休(ただし旧正月の3日間は休み)
HP:https://www.facebook.com/kungwosoya/

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■情報はアイコンをクリックして香港政府観光局とキャセイパシフィックで
 

協賛(順不同・敬称略):香港政府観光局キャセイパシフィック
協力(敬称略):公和荳品廠 現地コーディネート(敬称略):辻村哲郎
写真・文:泉美咲月(Satsuki Izumi)

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