「生れてきた意味を探す旅」 役者、松井誠さん ~私という名の旅 Vol.2~

私という名の旅

ホストから転身 目指したのは大劇場の座長

学歴のない家出少年が食べていくには職業の選択肢は少ない。そこで伝手を頼りに新宿のホストクラブ『エルシド』で働き始めた。わずか15歳、店のナンバー3のヘルプに付いて売り上げをあげるために酒を煽った。

「案の定、胃と十二指腸潰瘍を患い16歳で命に係わる大手術を受ける羽目になりました。親元にも連絡がいきましたが勘当した息子だからと見放し、見舞いにも来ませんでした。そこで私の考えが変わりました」

孤独とは生まれた時から闘ってきた。だからこれから先もひとりで生きていくことの寂しさはない。しかし父母は息子の死の瀬戸際にさえ手を差し伸べるのを拒んだ。帰る場所はこのときに完全になくした。


◇20代の青年期 写真提供:株式会社MAKOTO

「両親が見舞いに来てくれたら私の人生は今とは変わっていたかもしれません。これからはホストの世界で生きて行くしかないんだと病床で覚悟をしました」

だが芝居とは切っても切れない定めにあった。

「お客様に森繫久彌さんの『屋根の上のバイオリン弾き』に連れていって貰う機会がありました。そこで忘れていたはずの一座や芝居のことを思い出したんです」

驚いたことに、そこには自分が育った芝居小屋とは違う世界観があった。旅まわりの舞台では食事をし酒を飲みながら観る人が当たり前。中にはヤジを飛ばす人、喧嘩をし始める人もいて騒がしい。しかし大劇場では観客は静かに真剣に舞台を鑑賞している。松井さんの知る『芝居』『役者』とは真逆だった。

「こんな舞台に立てる役者になりたい、芝居を本気で観てくれるお客様の前で演じたいと思ったら血が騒いできました。そこでやっと私が旅一座に生まれた意味がわかり始めた気がしました」

家を飛び出し10年が経っていた。一念発起して2,000万円を借入れ25歳で大衆演劇『劇団 誠』を旗揚げした。座員は新聞広告で募集したところ4人集まった。しかしも芝居や舞踊、歌、当然劇団経営も独学だったという。

「役者の修行もしていないのになぜ一から作ろうとしたのか自分でもわかりません(笑)。しいていうならそれが”血”なのかもしれませんね」

門前の小僧習わぬ経を読むというが芝居小屋の幕引きをしながら身に着けた知識や芝居のノウハウを活かし突然座長となった。立ち上げの案内と心意気を綴って全国のホテルや興行主、劇場に手紙を出した。

「運がよかったと思います。その数年前に事故が起きて集客に悩んでいる帯広のホテルから出演依頼がきたんです。すぐにホテルの窮地を救ったことが知れ渡り、ありがたいことに仕事がどんどん舞い込んできました」


◇劇団立ち上げ当初 写真提供:株式会社MAKOTO

『劇団 誠』は舞台を積めば積むほど人気も高まり松井さんの名声も上がっていった。美しい女形姿は九州出身にちなみ「生きる博多人形」と持て囃され借金は3年で返済できた。歌舞伎よりも美しく、吉本よりも面白く、新派よりもせつない大衆娯楽劇を手がけ演じた。

またストイックな芸道を貫き大衆演劇の世界では定番だったおひねりを廃止した座長としても知られている。

「おひねりに生活を助けられることも正直ありました。でもあるとき、舞台前に客席を覗いて“今日はおひねりをくれるお客様がたくさん来ているな”とか“あのお客様だったらいくらくれるな”などと値踏みしている自分に気づいてしまったんです。いつの間にかおひねりをもらうことが当たり前になっていて演技は二の次になってました。そこでこのままではいけないなと思ったんですね。今はまだ若く、綺麗だと持て囃されているけれど30代40代になったときはどうだろうか?と。自分も座員も長く役者を続けていくのならば、まずは芸に精進しなくてはいけない、それで廃止にしました」

金銭や人気の浮き沈みが激しいホストの経験は松井さんに冷静な目を持たせたのかもしれない。

聞けば演技も踊りも見よう見まねだという。父母から譲り受けたDNAと生まれ育った15年間の環境がバックグラウンドにはなっているが演劇や舞踊の修行は特別していない。しかし松井さんの舞踊は多くの観客を魅了し定評がある。今では新舞踊『誠心流』の家元の顔も持つ。

「私の師匠は実はビデオなんです(笑)。ある日、舞台姿をビデオに録画し見たところ、我ながら下手であきれてしまいました。そこで客観的に自分を観察し自分の踊りを作ることに取り組みました」

舞台姿は悠々として振りも大きくしなやかなのが印象的だ。だが驚いたことに松井さんの手は女性のように小さく華奢、靴のサイズも男性にしては小さい方だという。そうした欠点も客観性と素養で引き立たせてきたのだ。

松井さんには「大劇場に立つ役者」という目標があった。無我夢中の20代を過ぎ30代ともなると首都圏の著名な劇場から声がかかり始め、様々な出逢いが念願の座長公演にまで結びつける。

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Voyager編集部

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