「生れてきた意味を探す旅」 役者、松井誠さん ~私という名の旅 Vol.2~

私という名の旅

苦難 それは明日を生きるためのスタートライン

舞台に加え大河ドラマ出演と松井さんの活躍は枚挙に遑がない。多いときで6つの劇団をプロデュースし2004年には東京・京橋に念願の自身の劇場『MAKOTOシアター銀座』を開場させている。


◇舞踊『蓮の精』/2008年 写真提供:株式会社MAKOTO

しかしあるときを境に松井さんの勢いが止まる。それは奇しくも山田五十鈴さんが亡くなった時期を前後した。所属事務所の金銭問題に関する醜聞が流れ、ビジネスにほとんどタッチしていなかった松井さんをもメディアは容赦しない。それも有名税なのか矢面に立たされた。

「役者はサービス業だと思っています。舞台を観て喜んで頂き、わざわざ足を運んでくれてありがとうございますと感謝を込めてお見送りする。小さい頃からそれが当たり前だと思ってきました。そして自分を支えてくれる人やスタッフを信じ、演じること舞台を手掛けることだけに邁進してきました……」

辺りに群がっていた人々は潮が引くように去っていった。大劇場からのオファーも途切れた。さすがに堪えある日、血を吐いた。

「医者からは即手術と言われましたが二週間後には舞台が待っている。そこで応急処置に内視鏡で止血するクリップ法で治療して貰うことにしました。でもすべて止めきれてなくてその晩、また血を吐いて倒れ結局5カ所を止めて舞台に立ちました」

16歳に始まり実はこれまで何度も手術を受け、身体に鞭打ちながらも芝居バカに徹してきたと話す。しかしどうしてそれほどまでに強くいられるのだろう?

「自分ではそれほど強い人間だと思っていないんですよ。そうしなくてはいられずただ一生懸命にやっているだけ。ですがきっと、いつの間にか油断していたのかもしれません。だから試練を与えられたのでしょうね」

役者だけではない。演出家、事務所社長、父親……様々な役割りを経験し苦しみから生まれた幸せもたくさんある。だから本質的に絶望したことはなく人を信じたことも無駄ではなかったと静かに微笑む。

では次に願う夢とはなんだろうか?

「もう一度返り咲きたい。”大きな劇場で看板をはれる”、”座長でよかった”と認められたとき以上の役者でありたいんです。私の人生の旅はこれまで一度たりとも途切れたことはありません。その時々で気になった方の道を選び進んできました。それは決して楽な道ばかりではなく遠回りも苦労も多かったと思います。だからこそあるのが今なんです。そしてこれからも私の旅は続きますし未来が楽しみでなりません。またなにかあっても、どんな役を与えられても過去に経験したことがすべて引き出しに詰まっているので怖くありません」

そうした前向きな気持ちが引き寄せたのか今年、急な代役が転がり込んできた。それが銀座博品館劇場3月公演の現代劇『わたしは誰!?』だった。公演目前になって主演が降板したのだった。

「短い時間で膨大なセリフを覚える必要がありました。しかも、これまで演じたことのないトラック運転手で妻と愛人の間を行き来するという二面性のある難しい役どころ。だからこそ挑戦したいと思いましたし役作りも間に合い、さらにここ数年背負ってきた重圧もすべてふっきって演じることができました。おかげで充実感を得て体調もよくエネルギーが漲っているのを感じています」


◇左 舞踊『生きる博多人形』 右 舞踊『ブラジル音頭』 撮影:大島りんご 写真提供:株式会社MAKOTO

人は生きて死ぬ。身体が滅びて消えてなくなるだけが死ではない。時に強く打ちのめされ叩きつけられてどん底を見る「死ぬ思い」は、50代ともなれば皆一度くらい経験していても不自然ではない。

松井さんの人生は生れてきた意味を探す旅。そして苦難は明日というスタートラインに立つためにある。だとしたら、ここ数年降りかかった試練は生まれ変わるチャンスだといっていい。それは58年前の4月8日、奈落で生を受けたように。

だから今ある松井誠は新しい。こうして若き日の夢を叶えた熟年の役者は、次の世界の扉を開ける。過去を振り返れば飛び出すときはいつも手探りだったのに気づくはずだ。でも必ず行きたい場所にたどりつける。なぜならそれが松井さんに与えられた天命なのだから。

【2018.May】

松井誠最新舞台ギャラリー

撮影:大島りんご 写真提供:株式会社MAKOTO



写真・文:泉美咲月(Satsuki Izumi)
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