【Asian Journey2-3】深水埗から放たれる伝統への挑戦2 『寶華扎作』 歐陽秉志さん

駆け抜ける世代はもう過ぎ去りました。休むこと、時に立ち止まること、なにより旅をすることは今だからこそ大切なのです。目指すは近くて実は未知なる土地、アジア。Asian Journey、特別だけど手に入りやすい旅、なにより「楽しかった」「行ってよかった」と思える国、土地、ホテル、ご紹介します。第2弾は大人が行くべき香港 「今」だから出逢える 香港の感動と文化をお送りします。
深水埗(シャムスイポー)のいわば坩堝にある豆腐専門店『公和荳品廠』からは、少し静かで、少し離れた場所に位置するのが福榮街。ここに紙紮アーティスト、阿志(アチー)こと歐陽秉志さん(43歳)が営む『寶華扎作』があります。
■寶華扎作(Bo Wah Effigies/ポウ・ワー・ツァッ・ツォッ)
住所:香港深水埗福榮街2號C
2C, Fuk Wing Street, Sham Shui Po, Hong Kong.
電話番号:+852 2776 9171
営業時間:09:00~18:00
定休日:日曜日(不定休)
紙紮、それは亡くなった人にお供えする紙の奉納品です。お葬式や法要、誕生日といった故人に所縁ある機微に、この紙と竹で作った細工を捧げるのが道教式のご供養です。そしてこの紙紮が香港のユネスコ無形文化遺産に指定されたこともあり、今各国から高い関心を集めています。
道教式の供養 紙紮とは?
そこはまるでおもちゃ屋さんのようにも、駄菓子屋さんのようにも見えます。お菓子の詰め合わせや洋服、ケーキに具の盛りつけられたお鍋、寿司……と様々なセットが所狭しと並べられ、中には冥途銀行発行の元やドル紙幣も渦高く積まれています。そんなお店兼工房のこじんまりとしたスペースで阿志さんは愛猫のマァォ(猫という意味)と共に少しはにかみながら迎えてくれました。
「紙紮は故人があの世で幸せに豊かに暮らせるようにと願って、祭壇にお供えしたり、お棺に入れたりして燃やす道教のお弔いに欠かせないものです。でもここに並んでいるほとんどが既製品です。昔は専門の職人が香港にもたくさんいて手作りしていたものですが時代が変わり中国の工場で量産されるようになりました」
その分、安く購入できるようになりましたが結果、紙紮という文化と作り手たちは活路を断たれることになりました。紙紮職人は他にランタンや冠婚葬祭に贈られる花輪、獅子舞の獅子頭など竹を使った細工ものを手掛けますが、いずれにせよ時代は、古き良き文化にそれほど寛大ではありません。
【既製品の紙紮】










ソックリにつくるという職人の真心
香港の信仰の主となる道教は中国三大宗教に数えられ、道(タオ)とも呼ばれます。その慣習にのっとって日用品ばかりか家、メイドやガードマンなどの人型を模した紙紮まで手向けるのです。既製品は凡そ1,000円前後で売られていて供えの種類も多様。CHANELやLouis Vuittonといったブランド品のバッグや靴は当たり前、洋服、家電、入れ歯入りのデンタルセットという心配りは、日本人の私たちから見ると珍しく、ある意味ユニークであり故人を偲ぶ世界観の多様さに感銘を受けます。
◆紙紮のオーダーの片手間に作品作りをする。次作のための竹で作った型
確かに手軽なお供えが増えたものの、それはそれ。今でも特別な紙紮を用意しあの世への旅支度をする儀式はおろそかにしている訳ではありません。何を隠そう、そこに革新の風を吹かせたのが彼でした。
「高校を卒業後、デザインの勉強をしたのち父のもとで家業を学び、受け継ぎました。経験を重ねるうちに伝統的な祭祀とはいえ、日用品だからこそ現代的に進化するのは自然だと考えたのです。そこでロボットやスクーターを自作し、店先に飾るとメディアが関心を持ち始め報道されるように。そうしてみるみるうちに僕の紙紮が広まっていきました。これまでのオーダーにはペット、モンチッチのぬいぐるみ、アンパンマンの時計やファミコン、中には2mを超える車もありました」
以下が阿志さんの作品。先ほどの既製品にはないオリジナル性と手仕事のぬくもりがあります。だからこそ唯一無二の紙紮を求めて客が訪れ、ここで故人の人生を象徴するものが創造されます。その品々には見知らぬ亡き人の物語が浮かび上がるようです。
◆阿志さんの作品の数々 写真提供:寶華扎作
道教や風水の考え方を重用する中華圏では、葬儀や埋葬の日取りは風水師や道士のアドバイスで決まります。しかし現代の香港では葬儀場や火葬場が不足していることもあり、物理的な問題で葬儀までに軽く1ヶ月を要するといいます。その間、オーダーから納品までは凡そ2週間が平均です。時間をかければかけるほど丁寧に作れるのは当然ですが、葬儀の場合は急で日程が限られてしまいます。だからこそ一番に心がけるのは、依頼品になるべくそっくりに作り上げること。そのため、依頼時に現物を預かったり特徴を聞くだけでなく、Webや本を入念に調べて造形化します。
故人が愛したものに加え、送る人が持たせたいものも十人十色。大好物のリクエストもあります。手羽先麺や香港式ミルクティー、中にはロブスター入りのハンバーガーと幅広いバラエティで、レストランのサンプルのようです。
◆まるでサンプルのような紙細工の手羽先麺 写真提供:香港政府観光局
紙しか使えないゆえに表現の限界に苦悩し思ったように造れないジレンマに葛藤することもあります。そしてどんなに素晴らしい出来栄えであっても燃やすためにある品は、故人と共に煙となるのがさだめ。手元には情熱と写真が残るだけです。その儚さもまた紙紮の美学かもしれません。
こうした努力により阿志さんの才能は芸術として評価されアテネのThe Breeder他、各国のギャラリーに展示される功績を重ねており、ひとつの伝統工芸を後世へと繋げる力を助けています。
◆写真提供:寶華扎作
伝統であろうと、古いしきたりを守ることだけに頑なである必要はありません。先人が築いた手仕事の尊さを守り、時代と共に変容させてていくからこそ残り、芸術として評価されるのです。阿志さんの手によって紙紮が変わり、改めて供える意義も人々に問うきっかけになりました。
香港の下町で知った初めて見るこの文化は、亡き人を想い見送る香港人の温かさも教えてくれました。そして深水埗は、阿志さんや『公和荳品廠』のレニーさんのように創造的で頼もしい担い手のエネルギーで溢れています。香港に根付く文化を訪ねて、ぜひお立ちよりください。旅する意義を改めて街と人が教えてくれる場所です。
■寶華扎作(Bo Wah Effigies/ポウ・ワー・ツァッ・ツォッ)
住所:香港深水埗福榮街2號C
2C, Fuk Wing Street, Sham Shui Po, Hong Kong.
電話番号:+852 2776 9171
営業時間:09:00~18:00
定休日:日曜日(不定休)
※英語、日本語の対応はありません
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■情報はアイコンをクリックして香港政府観光局とキャセイパシフィックで
協賛(順不同・敬称略):香港政府観光局/キャセイパシフィック
協力(敬称略):寶華扎作 現地コーディネート(敬称略):辻村哲郎
写真・文:泉美咲月(Satsuki Izumi)
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